リュミエール社が撮った明治の日本
The Meiji Period on Lumière Films
東京の日仏会館新館の開館式出席のため、1960年2月に来日したフランスの時の文化担当大臣アンドレ・マルロー(André Malraux)は、日仏文化交流の具体的構想を述べた講演の中で、2年後に「日仏交換映画祭」として実現する映画祭を提案するとともに、持参した映画フィルムについて言及しました。2月29日、フランス大使館に当時の国立近代美術館の稲田清助館長らを招いて贈呈されたフィルムの内容は、明治時代の日本に派遣されたリュミエール社の技師が撮影した29本の作品でした。当時の新聞記事に「二本」(2月29日付『毎日新聞』夕刊)あるいは「約二巻」(3月1日付『朝日新聞』朝刊)と伝えられるこのフィルムは、後者の記事では「映画「明治の日本」」の見出しが掲げられ、「近代美術館で再編集して保存することになっている」と報じられています。1960年3月9日から18日にかけて『毎日新聞』朝刊に短期連載されたコラム「明治の日本風俗」(全9回)が、29本のうち8作品(1作品については2回取り上げている)について、場面写真を掲載して具体的に内容に触れていることから、寄贈されたフィルムの全部またはその一部が限定的に上映されたことが分かります。29作品全てが一般の目に触れたのは、1962年8月から12月にかけて開催された「日仏交換映画祭 フランス映画の回顧上映」の初日8月14日のプログラム「リュミエールを讃えて」においてで、作品は『明治の日本 1896-1900』という題名の1本の映画にまとめられた形で上映されました。冒頭に付された2枚の字幕タイトルに書かれた説明は以下の通りです。「この映画はフランス人ジュレールによって撮影された1896年から1900年にわたる日本の記録であり」「1960年2月29日フランス文化担当国務大臣アンドレ・マルロー氏から国立近代美術館に寄贈されたものである」。題名にある「1896-1900」という年代はフランス側からの情報に基づくと思われますが、実際の撮影時期は1897年から1899年にかけてと考えられています。
この上映はリュミエールのシネマトグラフの日本到来について、それまで文献で伝えられてきたことを補うばかりでなく、リュミエール社から派遣された技師による日本での撮影は失敗に終わったとするそれまでの「通説」を覆す資料として、日本映画史に関心を持つ人々に大きな驚きをもって迎えられ、日本映画史研究の一つの転機となりました。1960年代から1970年代にかけてはおもに日本の史料発掘に力がそそがれましたが、なかでも映画史家・塚田嘉信による調査と研究は特筆されるものでした。塚田は1896年のキネトスコープおよび1897年のシネマトグラフとヴァイタスコープの到来前後の日本語史料を発掘し、自ら『映画史料発掘』を不定期で発行してその内容を公表し続けました。そして『明治の日本 1896-1900』のフィルムについても、明治期の公開記録との照合や細かな内容の検討を行い、その後の研究の基礎を築きました。塚田の研究成果は1980年に刊行された『日本映画史の研究 活動写真渡来前後の事情』(現代書館)としてまとめられています。
同書の発行から15年、リュミエールのシネマトグラフがパリのグラン・カフェで一般公開されてから100年目にあたる1995年には、映画生誕百年祭実行委員会と朝日新聞により、「光の誕生 リュミエール!」と題した上映企画と関連の展覧会が開催されました。これらの企画では、日本を訪れたリュミエール社の技師が1人ではなく確実に2人おり、コンスタン・ジレル(フランソワ=コンスタン・ジレル François-Constant Girel)とガブリエル・ヴェール(Gabriel Veyre)というその技師たちの正確な名前だけでなく、彼らの生涯と足跡についても明らかになりました。さらに、リュミエール社のカタログには日本を撮影した作品が34本あり、上映企画ではそのすべてが上映されたことを含めて、日本の資料だけでは分からなかった多くのことに光が当てられ、日本映画史研究に多くのものをもたらしました。
それから30年、2025年はシネマトグラフが一般公開されてから130年目にあたります。国立映画アーカイブでは、1960年にフランスから寄贈され、『明治の日本 1896-1900』として1本にまとめられた形で保存していたリュミエール社撮影の29作品をデジタル化し、映画草創期の明治時代に撮影された映画をテーマとした本サイトに新たに追加して公開いたします。1分ほどの個々の作品は明治時代の貴重な歴史的資料としての価値だけでなく、その映像には解き明かされるべき多くの謎が秘められており、いまなお興味が尽きることはないでしょう。
リュミエール社作品を見る「リュミエール社が撮った明治の日本」作品一覧
日本語題名 / フランス語題名 | 撮影年 | 撮影者 |
---|---|---|
日本の宴会 / Dîner japonais | 1897(明治30)年 | コンスタン・ジレル Constant Girel |
家族の食事 / Repas en famille | 1897(明治30)年 | コンスタン・ジレル Constant Girel |
列車の到着 / Arrivée d'un train | 1897(明治30)年 | コンスタン・ジレル Constant Girel |
港での荷下ろし / Déchargement dans un port | 1897(明治30)年 | コンスタン・ジレル Constant Girel |
京都の橋 / Un pont à Kyoto | 1897(明治30)年 | コンスタン・ジレル Constant Girel |
東京の通り / Une rue à Tokyo | 1897(明治30)年 | コンスタン・ジレル Constant Girel |
神道の行列 / Procession shintoïste | 1897(明治30)年 | コンスタン・ジレル Constant Girel |
日本の踊り子 / Danseuses japonaises | 1897(明治30)年 | コンスタン・ジレル Constant Girel |
蝦夷のアイヌ Ⅰ / Les Aïnus à Yéso, I | 1897(明治30)年 | コンスタン・ジレル Constant Girel |
蝦夷のアイヌ Ⅱ / Les Aïnus à Yéso, II | 1897(明治30)年 | コンスタン・ジレル Constant Girel |
日本の剣士 / Lutteurs japonais | 1897(明治30)年 | コンスタン・ジレル Constant Girel |
日本の剣術 / Escrime au sabre japonais | 1897(明治30)年 | コンスタン・ジレル Constant Girel |
日本の芝居の一場面 / Une scène au théâtre japonais | 1897(明治30)年 | コンスタン・ジレル Constant Girel |
日本の俳優:男の踊り / Acteurs japonais : danse d'homme | 1897(明治30)年 | コンスタン・ジレル Constant Girel |
日本の俳優:かつらの練習 / Acteurs japonais : exercice de la perruque | 1897(明治30)年 | コンスタン・ジレル Constant Girel |
日本の俳優:剣による戦い / Acteurs japonais : bataille au sabre | 1897(明治30)年 | コンスタン・ジレル Constant Girel |
踊り子:扇踊り / Danseuses : la danse des éventails | 1897(明治30)年 | コンスタン・ジレル Constant Girel |
神社の出口 / Sortie d'un temple shintoïste | 1897(明治30)年 | コンスタン・ジレル Constant Girel |
東京の通り Ⅰ / Une rue à Tokyo, I | 1898(明治31)年 | 不詳 unknown |
東京の通り Ⅱ / Une rue à Tokyo, II | 1898(明治31)年 | 不詳 unknown |
東京の鉄道駅 / Station du chemin de fer de Tokyo | 1898(明治31)年 | 不詳 unknown |
日本舞踊:Ⅰ. かっぽれ / Danse japonaise : I. Kappore | 1898-1899(明治31-32)年 | ガブリエル・ヴェール Gabriel Veyre |
日本舞踊:Ⅱ. 春雨 / Danse japonaise : II. Harusame | 1898-1899(明治31-32)年 | ガブリエル・ヴェール Gabriel Veyre |
日本舞踊:Ⅲ. 人力車に乗った芸者 / Danse japonaise : III. Geishas en jinrikisha | 1898-1899(明治31-32)年 | ガブリエル・ヴェール Gabriel Veyre |
日本の歌手 / Chanteuse japonaise | 1898-1899(明治31-32)年 | ガブリエル・ヴェール Gabriel Veyre |
身づくろいする日本の女 / Japonaise faisant sa toilette | 1898-1899(明治31-32)年 | ガブリエル・ヴェール Gabriel Veyre |
レースからの帰り / Retour des courses | 1898-1899(明治31-32)年 | ガブリエル・ヴェール Gabriel Veyre |
稲刈り / Récolte du riz | 1898-1899(明治31-32)年 | ガブリエル・ヴェール Gabriel Veyre |
田に水を送る水車 / Moulin à homme pour l'arrosage des rizières | 1898-1899(明治31-32)年 | ガブリエル・ヴェール Gabriel Veyre |
凡例
各作品の詳細データについては日本語題名も含め、1995年に開催された映画生誕百年祭「光の生誕 リュミエール!」(朝日新聞社主催)に併せて発行されたカタログ『光の生誕 リュミエール! Lumière!』(朝日新聞社文化企画局[編]、1995年)に掲載された作品情報に基本的に準拠しました。また、フランス語題名などについてはフランスの映画文献資料図書館(BIFI)発行の『La production cinématographique des frères Lumière』(Michelle Aubert、Jean-Claude Seguin[共編]、1996年)およびウェブサイト「Catalogue Lumière」(https://catalogue-lumiere.com/)を適宜参照しました。
なお、29作品のうち明治時代に日本で上映された可能性のある作品については、『日本映画史の研究 活動写真渡来前後の事情』(塚田嘉信[著]、現代書館、1980年)に代表される、1960~1970年代を中心とする様々な調査で示された史料を参照しました。
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